第162号 歯槽膿漏に勝てた!!(2)

其の後の口腔清掃にかける意欲は、目を見張るものがあった。
文字どうり寝食を忘れて、プラークを親の仇のように除いた。
タバコを止め間食も全くせず、2週に一度の衛生士による清掃を続けた。
年齢的にも45歳丁度、歯周病が酷くなり始める年頃。
見る見る歯茎の色が変わり、赤紫色だったものが薄いピンク色に変わった。出血も無くなり
膿も全く出なくなり口の臭いも、しなくなった。
あれから8年もう今では、2~3か月に一度の定期検診をする。
チェック項目を良く説明を聴き、何か気を付けることはない?
と必ず聞く。
すっかり口腔清掃のプロになられた。ぶらぶらだった歯もしっかり治療の結果何でもよく噛め
体力も付き自信を持って仕事や様々の活動ができるようになった。
本当に患者さんの勝利である。おめでとう‼これからも生涯、大事にして楽しい生活を送って下さい。
お手伝いします。
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第161号 歯槽膿漏に勝てた!!

このブログでこれまで何度も、歯槽膿漏(歯周病)について 書いて来たが、
今日いらっしゃった患者さん、本当に歯槽膿漏に勝った方であった。
約8年前歯槽膿漏の症状がひどく、ご本人も大部分の歯を抜かなければいけなく
大きな入れ歯になると覚悟して、いらっしゃった方であった。
歯周ポケットといって歯と歯茎との境の隙間を言うが、10ミリと計測される箇所が
沢山あり歯は、殆どがぐらぐらであった。
ブラッシング(歯の磨き方)指導から始め、徹底した歯、歯茎の清掃をした。
大量のプラークと、歯石、出血、食物残渣にまみれながらの処置を数回繰り返し、
急性症状が無くなった所で、歯周外科手術を行った。
術者も患者さんも、大変な苦労であったと、記憶している。
2~3時間に渡る治療は、患者さんの苦痛は押して知るべしである。
それからのメインテナンスが患者さんの苦労のしどころであった。
強い固い意思の元、徹底した口腔清掃を励行された。
折角助かった歯、駄目にしてなるものか。(続く)

第160号 連休

何十年振りかで、全く何処にも行かない連休を過ごした。
親父お袋がいた頃は、連休をフルに使って旅行を企画し車で行けるところは四国にも行った。
その後は孫の面倒で、時間をフルに活用した。
今年は伊豆大島に行く孫を送って、竹芝桟橋に行き又、迎えに行っただけであった。
その分テニス三昧。
しばらくの間テニスに打ち込めなかった時期が続き、身体が鈍ってしまってテニスはキツイかなと
案じながらの連休初日であったが、何の問題も無くやり終えた。
味を〆て毎日日によっては、3時間通しでボールを追った。
何処にも問題は無く、十分試合にも通用した。
やはり自分にはこれが一番身体の、バランスを保つのに良い。
ぐっすり眠り、気持ちよく目覚め仕事にキッチリ集中できる。
これからもテニスはしっかり続け生活のリズムを、維持して行こう。
いよいよ夏、更に頑張るぞ。

第159号 看護学校の講義

1年ぶりに看護学校の講義に行った。
此処は35年前から歯科の講義を、続けて来た学校である。
専任講師の先生方の中にも、「昔学生の頃、先生の講義を受けました」と仰る方も居られる。
看護学校の学生の特徴は、大変授業態度が良い事と思う。
無論私語を発する者は皆無であるし、居眠りする者がいると隣か後ろの
者が起こす。
返事もはきはきしており、話す方も背筋が伸びる思いである。
医療人としての基本の躾が、良く躾けられていると何時も思う。沢山の卒業生を
見て来たが未だに治療に通ってくる子もいる。
皆頑張って困っている患者さんの為に、役立って貰いたい。
心細い患者さんにとって君達は、心の支えになる大切な存在なのだから。

第158号 歯牙の破折

随分昔になるが、歯の根が割れることを防ぐ、特に神経を除去した歯の破折を
防ぐのが歯医者の永遠のテーマになる、と話題になった。
永年問題なく使って頂いた治療した歯が、ある日突然歯茎が腫れ痛くて噛め無くなる。
勿論事故、暴力的な力、硬い物を力任せに噛んでしまった。
という例は患者さんも症状を、理解して貰えるが、普段何等問題なく、日常普通に使って頂いた歯が
突然噛めなくなる、或いは全く割れたのを気づかずに、平気に噛んでいた。
これは神経を取ったという事は、同時に血管も無くなり歯の新陳代謝が失われた結果、
象牙質の弾力が失われ、もろくなった事による破折なのである。
無論虫歯のばい菌が入り込んだ、感染した歯髄(俗に神経と呼ぶ)は、完全に除かなければならない。
又神経の無い歯が、全部割れるわけではない。如何にしてこの神経の無い歯の破折を防止するか、苦心惨憺して
この難問に取り組む、毎日である。


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